Saturday, 30 March 2019

行者山(Gyoujya Yama) 313.1m

 2019.3.24(日)
 今日の山は、大竹市の玖珂にある行者山です。この山はJR玖波駅から比較的近く、久しぶりで、マイカーではなく公共交通機関を利用して、アクセスしての登山になりました。公共交通機関利用のメリットは飲酒運転を気にしなくてよいこと、つまり、普段のように運転する人がいないので、山頂へ着いて、ビールが気兼ねなく味わえる。また、運転する人への負担をかけなくて良いところです。が、今回は、春先の気温は低く、冷えたビールは少し早いので、誰も持ってきていませんでした。
大竹市の玖珂にある行者山(右側の山)行者山山
JR玖波駅を降りたら、前の列車で先に到着したメンバーと合流し、出口で集合。参加者は男性5、女性4人の計9人となりました。
登山口です。前方右に行者山の頂上が見えます
9時半、登山開始です。コースは駅から始まります。駅のホームからも行者山の頂上がすぐそこに見えます。山は、結構目前に迫っているので急峻なコースになりそうです。
登山口の鮮やかなピンク色の花
街並みと山陽高速道のガード下を抜け、大きな養護施設を横目にしばらく行くと、登山口です。10時着、計画通り。
桃の花でしょうか、鮮やかなピンク色の花が右側で我々を出迎えてくれました。
西山社の鳥居
近くの祠に拝礼



その近くにその近くに西山社の鳥居と祠があり。先ずは拝礼。
くねくね登って行くと幾つもの標識にお目にかかる
竹藪を過ぎて、背の高い林を過ぎると山道は、急に険しくなり、花崗岩のむき出した岩場と、長年の雨水によって掘られた溝の間を抜け、さらに、つづら折りの山道がつづいています。そのつづら折りの要所には、所々に石の道標があり〇〇丁と彫ってあり、その中に十三丁と彫ってある字の下に、この石の標識を寄進した人の名前が彫ってあります。その名前の中で、なんと聞いたことのある苗字が、石柱に彫ってあるではありませんか。前を進んでいた人が、しきりに私の方を見て、その標識を指さし、「あんたのご先祖さん、頑張ってこの標識を寄贈に貢献したんじゃね!」と、言われて、「ええ!」見れば、まこと私の苗字。そんな標識石柱が何本か一定の間隔にあって、自分としては、少しなにか幸せな気分になりました。
十三丁の標識
赤いレンガの手水場が特徴的
しばらく登ると西山社の境内、それからさらに大きな岩場をすぎると、神社のお社と祠があり、たくさんの石柱に、この神社に寄進をされた方の名前が彫ってであります。私も、近くの祠にお賽銭をちょっと多めに投げ入れました。
さらに上へ登ると。赤いレンガ作りの手水所で、手を洗いその水を頂きます。石鎚神社への標識、「この山を登れば、石鎚山の神社へお参りしたことになるのかなと‥?」とMさんがつぶやいて拝礼。山の名前のとおり、行者の山岳信仰かなにかを思わせ、この山に対する信仰の篤いものがあると感じます。
対岸の宮島がポッコリと浮かぶ
登山道は山の高さの割には傾斜が険しく、瀬戸内海の海に近い山は、どこの山も傾斜がきついところがあるが、ここは特にキツイ。ただ、高度が低いので、えっちらおっちら登ると、あっという間に頂上付近にたどり着きます。登る途中からは、春霞の中、穏やかな瀬戸内海と浮かぶ筏に、島々が春霞につつまれて美しい景観をみせてくれます。
宮島が目の前にポッコリと浮かび、牡蠣いかだに囲まれて大きな舟の如く、宮島の寝観音さんがゆったりと横になっておられ、その裾が伸びてきているようです。
山頂から茶褐色の岩壁に、大きな長い鎖が中央にから谷底へ伸びている

山頂に近い場所に到達すると、大きな茶褐色の岩壁が、頂きから谷底へ50mは伸びる絶壁が見ます。なんと、その岩壁の中央に鉄の鎖が垂れ下がっていて、その鎖は石鎚山の鎖場にあったと鎖と同じ形で、大きさも同じようです。鎖の垂れ下がっている一番下へ行ったKさんとTさんは、その鎖を伝って上へ登れるかを判定。「鎖にもたれたのはいいが、足をかけるところが無く、とても登れたものじゃない。」と断念。ここを修験者の誰かは登ったのかも。ボルダーリングをしている人ならどうかな?。


山頂の石鎚神社

11時に頂上へ到着。海抜313mの行者山山頂は周りに、背の低い木があり葉っぱがじゃましているけど、木の枝の合間から瀬戸の島々が見えます。花崗岩の岩場と草むらの狭い山頂の踊り場のような所で記念の集合写真をバシャり。


海抜313mの行者山山頂での一枚

山の頂を少し北の方へ進むと眺めの良い開けたところがあり、そこから西に目の前の玖波槍、北側にかけて傘山(649.6m)と遠くの山々が続いています。

玖波槍の頂きが目の前に
11時20分、行者山の隣の玖波槍(303m)の頂に到着、その頂きは、大きな岩が二つ三つゴツゴツと団子状に盛り上がった状態で、その狭い岩場の上にメンバー5、6人が乗っかると、まるでソフトケーキの天辺に人が群がって乗っかっているようです。その岩場の上からは360度のパノラマ風景が満喫できます。

玖珂槍から西北の方角

玖珂槍の山頂は明日山会メンバーでスズナリ

玖珂槍から見た行者山


そこから、垰道分岐を通って、憩いの森キャンプへ行って昼食をというコースでしたが、下山道へ進んでしまいました。気が付いたときは昼食タイム。そこで、昼食を食べる適当な場所を登山道に見つけ、道のへりでしたが、森の中の少し日の当たるところで、各自、背負ってきた弁当を開いて、楽しいモグモグタイムをすごしました。

そのまま下山し、最初の登山口へ到着。そこから元来た道を進みJR玖波駅へ、着、丁度来た列車に慌てて乗車しそれぞれ帰路につきました。
残念ながら、本日の予定の錦龍の滝は見られなかったのですが、最近そこへ行かれたKさんから滝の写真の提供があり、それを掲載させてもらいます。
いつか再度この山を登って、この錦龍の滝に出会いたいと思います。
優雅な錦龍(きんりゅう)の滝(写真はkさんの提供)
この山は結構、急坂でしたがそれなりにメリハリがあり、駅から近く、景色も素晴らしく、コースも長短いろいろ調節ができるので気楽に登れると思います。

Saturday, 2 March 2019

上盛山 (Kamisakari Yama) (314.4m)

 2019.2.24(日)
※今月は中本さんの寄稿です。

今日の山は、山口県上関町、長島の最高峰「上盛山(かみさかりやま)」です。昔は神山と呼ばれた山で、山頂にある灯台型展望台からの眺望がすばらしく、360度のパノラマが楽しめるということです。好天で、朝は冷えたものの日中は暖かな日差しが期待できそうです。
参加者は10名(男6、女4)。

       正面の中央が上盛山
3台の車に分かれて上関に向いました。柳井から上関大橋を渡り目指す上関城山歴史公園についてびっくりです。大勢の人が公園に向かって歩いており、それを多くの整理員の方が誘導、私の車も臨時駐車場の上関中学校に招き入れられました。入口から多くの車が並んでいましたが、何とか駐車して歩き出したところへもう一台の仲間の車もやってきました。後から分かったのですが、今日は2月16日から始まった桜まつりの最終日だったのです。私たちは、皆さんが向かう桜まつり会場とは反対方向の登山口を目指して県道を登っていきました。右手に目指す山頂の展望塔が見えます。
先ずは竹林の道

10分ほどで右へ御汗観音への車道が伸びる分岐へ到着し、ここで全員が合流しました。もう一台の車はこの分岐点に駐車していたのです。10:23発、尾根にのびる細い道に入っていきます。木々に囲まれた山道ですが、落葉の下の路面は舗装されていて歩きやすい道です。


展望塔から 東方面
ため池を横に竹林の中を通ってしばらく登ると25分ほどで展望台へ続く車道に出ました。携帯電話のアンテナ鉄塔が立っています。
ここからはこの車道を緩やかに登っていきます。道沿いにはスイセンが植えられ頂上まで続いています。20分で頂上に着くと一気に視界が広がりました。




展望塔から 西方面
プロペラ型のソーラー風車が見えますが、風がないので全く動いていません。それだけ穏やかな日だということで、
私たちにとってはとても気持ちの良い天気になりました。
らせん階段を上がって展望塔に出ると、まさに360度の絶景で、海の風景が広がっています。晴れた日には四国佐多岬や九州国東半島が望めるそうですが、少し霞んでいて確認できません。このあたりに詳しい方がおられて、祝島、叶島、牛島、馬島など近辺の島々の名前や原発の建設予定地なども教えていただきました。


展望塔から上関城山歴史公園を望む

展望台の周辺にはスイセンが今を盛りと咲き誇っており、その数はおよそ1万本だそうです。スイセンの花で埋まった斜面の下にベンチが並べられており、そこで昼食を摂りました。


頂上展望塔をバックに、「楽だった」ので余裕の笑顔

12:10発、昼食後は登ってきた車道を下ります。少し風が出てきたようで、止まっていたソーラー風車がかすかに動いていました。15分で上ってきた山道との分岐点、ここは車道を直進し10分で御汗観音奥の院への分岐です。左にとって少し登ると神秘的な雰囲気の御汗観音が現れました。いろいろな建物や石塔がありますが、本殿はまるで砦のように急な崖斜面に石を積み上げた上に建っていました。観音像の胸のあたりがいつも濡れているように見えるので、御汗観音と呼ばれるようになったのだそうです。


神秘的な雰囲気の御汗観音

分岐に戻って車道を下ります。変わった形のトイレの横を通り次の分岐を直進、15分ほどで全員が合流した山道分岐に着きました。途中、頂上への道路が拡幅されるのか、各所で大掛かりな工事が進んでいました。完成した時の島はどう変わっているのでしょうか。

城山歴史公園の河津桜を見に大勢の人で賑わう

上関中学校の臨時駐車場へ戻ると、まだまだ多くの車が出入りしていました。展望台から眺めた河津桜を見ようと、みんなで桜まつり会場の城山歴史公園へ行ってみました。最終日の日曜日ということで屋台も並び、大勢の人で賑わっていました。

海賊の山城跡に満開の河津桜
海賊の山城跡に、咲き誇る満開の河津桜とその向こうに広がる海と空。ピンクと青の美しいコントラストに色を添える黄色のラッパスイセン。桜まつりの賑わいの中で、春を迎えた独特の浮き立つ雰囲気を感じ、楽しい時を過ごしました。
早咲きの河津桜と黄色スイセンが咲き誇る

後で調べた観光協会のサイトには桜まつりのチラシもあり、それには「約180本植えられている早咲きの河津桜と黄色スイセンが咲き誇る散歩道」とうたわれていました。


そのチラシにあるとおり、河津桜と黄色スイセン、そして真っ青な瀬戸内海の風景から早めの春を感じることができて、上盛山を計画したこの日が桜まつり最終日であった予期せぬ幸運に感謝です。今回は、山より桜の一日でした。

Monday, 7 January 2019

宮島弥山「535M」Miyajima Misen 平成31年の初登山 


天気は上々、絶好の初登山日和!
                                                                                                         
平成31年1月5日「土」                増田さんより寄稿        

恒例の新年参拝登山平成最後の年でもあります。
9時半に宮島口港に善男6名善女1名が集合。
内 年男2名 なんでも亥年は災いの多い年と言われているらしい
しっかりと神の島宮島さんにお願いをしましょう。
10時前に桟橋到着 宮島学園鎮火祭の松明が正月飾りと一緒に
なって参拝客を迎えている。

大鳥居が陽光にあたり美しい姿を見せている

満潮時の厳島神社の社殿と五重の塔が美しく映える
満潮に浮かぶ厳島神社は美しい
作法にのっとり参拝を済ませ柳小路から山村茶屋を通り
四宮神社に至る 岩惣の松明を拝むことはできなかったが
紅葉谷登山口に最も近い道になる、

奥紅葉橋の手前で準備運動を行いいざ出発 10時半
弥山登山ルートのなかで最もポピュラーだけあってまた
多くの登山客で賑わうもみじ谷コース
新年始めでもあり絶え間なく人が行き来する。

紅葉谷公園は土砂災害復旧工事として世界の人が称賛した
自然と一体となった工法が取り入れられ 今の美しい景観を造っている。
弥山とロープウエー獅子岩駅間のもみじ谷下山口

左に堰堤番号をかずえながら常緑の森を登ること1時間半
紅葉谷分岐点 宮島で一生研究で暮らしたいといわれた
世界的に有名なドイツのアドルフエングラー博士の看板がある。
遅いペースで登る なぜなら頂上に早く着きすぎるからである。
宮島の自然をこよなく愛したアドルフ・エングラー博士

ロープウエイ客が合流し人がさらに多くなる 
12時半弥山本堂到着。
弥山本堂

三鬼大権現の祈祷を申し込む 
伊藤博文公が特に信仰した鬼の神様で全国の天狗を指図し災いから守ってくれる有り難い神である。太鼓と鐘の音で穢れは消え、おまけにお酒を賜りました。
弥山山頂の大岩附近で
弥山頂上1時着 展望台の2階の座で昼ごはん 今日の天気は薄曇りとはいいながら 広島の高層ビルが 良く見えます
集合写真を撮って下山 
弥山本堂でさらに集合写真 英語の得意なNさんはカメラシャッターをあえて 近くの外国人に依頼した。頼んだ人は、なんと、はるか遠くのアルゼンチンからのお客さまでした。頼まれた彼は喜んで応じ、いろんな角度で撮ってくれました。国際親善になったように思いました。
アルゼンチンの方から撮影ポーズ注文で Smile! Smile!
下山は大聖院ルート 鯨岩を抜け 仁王門につき右を下る 
大整院コースはこの門の手前の階段を下りて右へ降りる

丁石をかずえながら遊女の石畳 幕岩と下り 四阿で休憩 

干潮時の大鳥居に人が群がっている

干潮の大鳥居の周りに人だかりが良く見える
10分足らずで滝宮神社 川沿いに宮島で一番美しいといわれる 「トサミズキ」の写真を撮る。
「トサミズキ」の実



商店街にある藤い屋の大松明
石の鳥居をくぐり右に雪舟園を見て大聖院登山口に到着15時半最後の締めは山門横の六角茶房でコヒーと甘酒組に別れ、お疲れ様でした。
清盛とうり商店街をとうり 藤い屋の大きな松明に触って無事フェリーに乗りました。








 増田さんより寄稿

Sunday, 18 November 2018

大峰山(Oomine Yama) 1,050mh

山根さん執筆
 平成30年11月11日(日曜日)
秋晴れの青い空に常緑樹の帯をまとった錦繍の山
今日は、佐伯町と湯来町にまたがる、標高1,050mの大峰山(おおみねやま)を目指す。
山は見る方向によって形が変わる。山の南東側からは、右肩上がりのやや平たい台形である。(東側の平谷の辺りからは、その右肩を頂点にした円錐となるようだ)
秋晴れの青い空に、中腹に広めの常緑樹の帯をまとった錦繍の山容が美しく、山登りの意欲をそそる。登山口へと向かう道路端に点々と立つ黄金色の銀杏もひときわ輝いて見える。
直行組みの二人に少し遅れ、本隊の四人が、下川上の駐車場に9時12分に到着。男性のみの七十代の爺さんたちが、準備体操はおざなりに、陽気に交わす話は、朝の目覚めの時間と夜中に起きる回数、硬くなった体を癒すためのストレッチの方法、等々である。

ともあれ、9時25分、いよいよ登山開始。 
駐車場から舞台風の建物や浴場だったと思しき家屋のある広場を通り抜け、点在する別荘の間のアスファルトの道に出る。
 その際、メンバーの一人に小さなアクシデントが発生。その対応に若干の時間を要したが、その道はもう急坂である。

登山口附近の鮮やかな楓
浴場と思しき家屋
ところで、『山は高くして貴からず』と言うが、やはり標高のある山は、それなりに、登る人に満足感を与えるものである。広島市の近郊にあって千メートルを超えるこの山は、それだけで十分に魅力的である。


大峰山を右側に眺めながら別荘地付近を通過
9時40分、別荘地用の「貯水槽」に至る。道の左手の岩の上に“大峯山→”の板が乗せてあり、ここが、実質的な登り口である。

さあ、これからは、急登につぐ急登である。9時46分、2合目の標識に出会う。喘ぎながらさらに上ると、10時4分、マイルストーンのひとつである「ベンチ」に着く。ここで一息入れる。険しい道だっただけに、皆、どの程度登ったのか気になるところである。
檜の林へ急騰が続く
やがて、雑木林から整然と植林された檜の林に移る。左右に折れながら単調に続く高い木段を嫌って、その脇に登山者たちが自然につけた迂回路を、さらに小さくジグザグにステップを切って上る。それだけキツイ。夏なら、心臓が飛び出しそうになるだろう。普段は使わないストックも使った。
シロモジの黄葉の光の中
10時15分、檜の一本に取り付けられた5合目の標識を目にし、うれしくなる。「ベンチ」からおよそ20分強で、雑木林に変わった尾根筋を上ることになる。10時33分、7合目の標識を確認。
余裕の先着二人
10時41分には、「展望岩」に至る。後続の皆さんは、ほぼ予定どおりの45分過ぎに到着。岩からは、やや立木の枝に遮られつつも、眼下の南側には、東から西へと走る県道30号線沿いの友田や津田の町筋が白っぽく光っていた。そして、かろうじて、主峰の東に「まわり縁」を認めたが、危険過ぎてお爺さんたちにはエンが無い。
山頂近く緩やかな道
山頂近くになって、やっと緩やかな道が少しだけ続き、地理院の三角点を通り過ぎると、大きな岩の塊が重なる頂上の下部に辿り着く。そこを右に回り込んで、一つ目の岩をアルミの梯子で下り、二つ目の岩の梯子を上ると、頂上である。10時57分。予定より13分早かった。
山頂は右上の岩、アルミの梯子を伝っていく
360度大パノラマを満喫
山頂では、360度、遮るものの無い大パノラマを満喫でき、無風の為か、やや霞んではいたが、東に窓が山・鈴ヶ峯、南に宮島・小五郎山、北に冠山・恐羅漢山・十方山を望めた。
恒例の集合写真
恒例の集合写真を撮り、しばし、景色を楽しんだ後、11時30分、往路をほんの少し引き返し、すぐに右方向に道を選んで西大峰山(1009m)への縦走路を進む。
西大峰山(1009m)へ向かう
ここからの道は、往路と雰囲気がガラッと変わって、熊笹が蔓延った明るいブナの林を、落ち葉を踏みながら下ることになる。両脇の熊笹はきれいに刈り取られ、とても歩き易い。
歩き易い尾根道
10分もたたない内に「峯太郎ブナ」に至る。何本もの幹に分かれた大きなブナだが、『そうか』という感じ。
峯太郎ブナ
12時12分、ブナの幹に巻かれた、“左、滝コース”と手書きされた小さなテープを見付ける。
西大峰山山頂との分岐点である。まっすぐ、山頂へと向かう。ここからが、かなりきつい。縦走路は一面が落ち葉に埋もれて判りづらい。所々の赤のテープを頼りに登ることになる。
やっとの思いで上り切った12時21分、山頂に着く。やはり熊笹が刈られ、眺望を遮るものは無い。少し、遅くなったが、早速、昼食を楽しむ。食後、2回目の集合写真を撮る。


2回目の集合写真
予定の13時に下山開始。下りで足早になる分、上り以上に路を判別しづらく、ともすれば、そこを外れがちになる。
下山は尾根筋から滝コースを下る
滝コースの分岐を右に折れる。13時29分には、左手に細長く下る「滝」に出会う。次のマイルストーンは「七人墓」であるが、下山道は、倒木も切断され、通り易くなっている。誠にありがたい。墓には13時48分に到着。謂われを知りたかったが、説明文が全く消えており、残念。
七人墓の墓碑の前で

14時3分、西大峰山入口と記された大きな屋根付きの案内板の建つ、随分と幅の広い舗装道路に出た。右(西)に行けば、万古渓から津田の町へと続く。左(東)へと、のんびり歩を進める。小春日和の穏やかな昼下がり、日本の原風景とも言うべき里山の道は、のどかで実に気分がいい。
数分も歩くと、華ちゃんという名の女性の案山子に抱かれた「上川上の六地蔵」と記された木柱と、その石碑が立っている。道を挟んだ反対側に、花の咲く木があり、よく見ると、桜に違いない。博学な先達曰く、「これは、○○と言う桜なり」と、しかし、音痴の小生、花木の名前を聞いても端から忘れてしまう性質にて、申し訳なし。
桜の花が今頃、開花
と、私たちの方へ坂道を上ってくる頭に手拭をかぶった、品の良いお婆さんが歩いてきた。何処へ行くのかと聞くと、『お寺に参る』とのこと。桜の名を尋ねると、『名は知らない。その先を左にゾロッと上がったところの家だが、お爺さんが植えた同じ桜がある。しだれ桜も植わっている』との返事。話し好きなのか、耳が少し遠いのか、皆の質問とは外れたことを縷々語ってくれる。
お婆さんと別れて、数十メートル下った山のふもとに、しだれ桜のあるかなり立派な家があった。きっと、ここだろう、と思った。畑の菊らしき白い花が印象的だった。
14時19分、玖島川上のバス停を通り過ぎる。左手に登ってきた大峰山のなだらかな山容が蒼穹の空に映えて美しかった。


麓の里は日本の原風景だ!

幅の広かった道が急に狭くなり、少し行くと、14時30分、見お覚えのある駐車場が見えてくる。車を停め置いた下川上の駐車場に戻って来た。
10数台の車が駐車されたままだった。道草のせいか、予定より5分の遅れ。歩行距離7.8km、昼食休憩を含む所有時間5時間5分の山行だった。
了。
蛇足ながら、念の為に申し添えておくが、私たち明日山の会の爺さん連中は、体の衰えを自覚しつつも、日々、陰ながらつましい努力を続けようとしている。客観的には老年だが、主観的には十分に壮年である。暮れるには未だ早い。まだまだである。