Tuesday, 18 April 2017

大将軍山(Daisyougun Yama), 銭壺山(Zenitubo Yama)

                    香口さんの投稿です)            大将軍山(432m) 銭壺山(540.1m)
2017年4月9日
3日前は80%雨の予報で、今回の山歩きは中止だろうと思っていたが前日には晴れとの予報・・、春の天気は定まりませんね。それとも晴れ女のせい・・。
今回の山は岩国市由宇の西側の背に広がる大将軍山(432m)と銭壺山(540.1m)と、何とも興味をそそられる奇妙な名の山歩きです。

今回は用事があるとの事で参加者が少なくなり少し淋しい感じとなりましたが、年を取っても用事があるのは良い事ですね。以前講演で高齢者に大切なのは『きょういく』と『きょうよう』だと聞いた事があります。『きょういく』とは今日行く所があり、『きょうよう』とは今日用事があることだそうです。

由宇文化スポーツセンター
しかし年は取りたくないもので、西方面に行くのに五日市ICに行ってしまい余分の時間とお金を費やしてしまうし、高速道で由宇に行ったことがないので玖珂ICを降りて岩国方面に走り玖珂に戻ってしまい散々な事に・・。結局由宇の文化スポーツセンターには40分遅れの955分着となってしまいました。しかし登山日を変更したのがぴったり当り、満開の桜の下の山歩きとなりました。
満開の桜

段々畑越しの由宇の町
山へは切畑地区まで車道を歩くのですが途中の段々畑はミカンが植えてあるが、手入れが行き届いていない所も見てとれ、先人が苦労して石を積み耕して作った畑がこうなると少し残念な気持になります。

そう言いながら景色は良いのでラッキーな感じです。
道標
大将軍山は地区の信仰の山で以前は大祭の時は学校も休みで町中の人が集ったそうです。
道沿いには道標(丁石)や石仏があり、往時は多くの人がお参りされたのだと偲ばれます。名前の由来は大島の領有権を巡って周防の大内氏と伊予の河野氏が争い、大内氏が内偵に出るが霧が濃くて様子が掴めなかったが八将軍の一つ大将軍に一心にお祈りしたら霧が晴れ様子が掴め大内氏が勝利したのに因み名前がついたと看板に書いてあり納得しました。

大将軍山への道
切畑地区を少し進むと左側に大将軍山と看板の掛かった山道があり、当然明日山会としては左側に進みます。

三の鳥居
急な偽木の階段を登り九丁の時点で少し休み、参道を進み1の鳥居2の鳥居と進み3の鳥居に到着。

そこから急な石段を登り詰めると大将軍山頂上の霧峰神社です。(11:35到着)
大将軍山頂の霧峰神社
何時もならここから素敵な瀬戸内の景色が見えるのでしょうが靄で遠望がきかず残念。後から考えたら真剣にお願いしたら靄も取れ見通し良くなったはずなのに・・。

大将軍山を下り車道に出るが又左側の山道に入る。次の銭壺山は看板の情報によると海賊が略取した銭を壺に入れてこの山に埋めていたとか・・、定かではありません。
ふれあいパーク前を通り銭壺山頂上への到着は12:45で、それからは満開の桜の下、楽しい食事を取り集合写真を撮る。
銭壺山山頂にて
銭壺山から西に昨年大汗かいて登った琴石山と三ケ嶽が見える。あの時は良く歩たなー。
琴石山・三ヶ嶽遠望
銭壺山は別名目舞いケ岡と言い見通しの良い日は四国の石鎚も見えるとの事だが今日は大島が半分くらい見えるだけで残念。
銭壺山を後にして長閑な山郷の道を歩き、由宇文化スポーツセンターへと向う。
振り返れば、大将軍山、銭壺山
途中ワラビが沢山生えている所があり、暫し山菜採りを楽しむ。

 文化スポーツセンターが近付き振り返れば今日歩いた2つの山が見える。
今日も良く歩きました。今日はワラビを採ったりし、ゆっくりのペースだったのと到着の遅れた事と相まって文化スポーツセンターへの到着は大幅に計画より遅れ15:50となる。帰途は夫々とし、文化スポーツセンターでお開きとし広島へ。
私達はゆっくりと下の道を通って帰ろうと少し進むが、今日は行楽(花見)の最適な日とあって由宇を出てすぐ混み始め、これはダメだとUターンして高速道にて帰る。


今日も楽しく山歩きができ、健康に感謝した次第です。

Friday, 31 March 2017

二葉山(Futaba Yama)~尾長山(Onaga Yama)~牛田山(Usita Yama)

今回は松浦さんからの投稿です
2017年3月26日 参加者10名     

昨年天候の関係で二度中止となったこのコース、今年も事前予報では雨模様でしたが、予想外の晴天に喜ぶ会員10名、駅裏の神社巡りを中心にしたハイキングコース、二葉の里歴史散歩道の標識前からみんな笑顔で出発です。

東照宮、金光稲荷神社経由、二葉山(139m)

300m歩き、山手に向かうとすぐ目の前の階段に細長い立派な門構えが見えました。これが東照宮でした。駅裏すぐの場所にこんなところがあることを私は全く知りませんでした。

堂々とした東照宮への正面階段と門のある風景

境内にはいると、咲きはじめた一本のしだれ桜が目にとまります。
境内の「しだれ桜」が満開になるのも間近
満開になればたくさんの人を楽しませることでしょう。お参りを済ませすぐ裏手に回ると、赤い
鳥居がたくさん並んでいる金光稲荷神社がすぐ目に入ります。
金光稲荷さんの赤い鳥居が並ぶ参道
長い急な階段の続く参道は、別名「御遺訓参道」と名付けられ、家康公のご遺訓が五ヶ所に立てられていました。(最初はよく聞く「人の一生は重き荷を負いて」でした。)

薄暗いかなり急で長い階段を登り終え、左に行けば稲荷神社の奥宮ですが右に向かうと直ぐに頂上です。


別世界にきたようで、眺めが本当に素晴らしく、宮島から似島、比治山、江田島、黄金山、灰ヶ峰、に続く瀬戸内の島々と山々、自然の美しさに感動させられます。手前では広駅島周辺の高層マンションに代表される変貌を一目で見ることができます。


仏舎利塔(平和の塔)一番下の台座の高さが人の丈

後方の広場にある仏舎利塔(平和の塔)は恒久平和を念願し犠牲者のめい福を祈り建立され、塔内にネール首相からの仏舎利一粒も収納されているそうです。広場には桜の木も植えられています。

時間40分 歩数3200歩






二葉山~尾山(186m)
二葉山から車道を下り団地を抜けて左手に牛田の街並みを眺めながらマンション裏手から尾長山登山開始です。登り始めてすぐに小さなびわの木と藪椿にはさまれて、小さな、白い香りの良い沈丁花の可憐な花がさいていると増田氏が教えてくれました。
尾長山の頂上付近から、仏舎利塔、牛田地区の街が見える
山道を登りながら、周辺の小さい木に目をやると芽の先がうす緑になり顔を出す準備をしています。又珍しい木には必ず表札(例・リョウブ・材は上質な木炭となり、幼芽は食用に)が丁寧につけられており、木々に興味のある方は大変勉強になるだろうと思います。
木の表札を見ながら、改めて木の姿を眺める

道はだんだん傾斜がきつくなり、手すりロープがはられた山道の連続となり一生懸命でしたが、距離は短く、なんとか山頂に到着。ここからの眺望がまた素晴らしく、前方に先ほどの双葉山、仏舎利塔、その後方に基町住宅、アリーナ、クレドビル、その右がわ後方は火(ひやま)、春日野団地、武田山とまたまた美しい景色に感激で、登りのしんどさも帳消しです。              時間25分 歩数1600歩

尾長山から牛田の街並みを望み、遠く宗箇山、火山、武田山が続く
 
尾長山~牛田山(261m)


途中の休憩所、アーノルドパーマーの傘とベンチが良い
尾長山からの下りはなだらかで余裕を持ったスタートでした。この道で初めてメジロ(チョウベイ、チュウベイ、チョチユウベイ)のさえずりを耳にしました。たくさんの小鳥に鳴き声を期待していましたが他には、カラス、ヒヨドリ、山鳩、ウグイス、ヤマガラの声が少し聞けるだけでした。もう少しで花が咲き、新芽が出て、たくさんの小鳥の合唱が聞けるのでしょう。道はゆるやかに上り、下りを繰り返しながら登っていきますが、途中右手の方向に府中の街並みがみえます。また、手つくりの簡易休憩所に出会い(この後何ヶ所も設置されている)、人の優しさを感じます。


牛田山の山頂の直前は急こう配ですが、距離は短く、思ったより楽なコースでした。



良い天気に恵まれ、二葉山→尾長山→牛田山を走破した面々、爽やかな汗をかいて大満足
山頂(戸坂城跡)には、憩いの広場と書かれた小さな休憩所があり木々の上には小鳥の巣箱がかけられています。ボーイスカウトの少年7名のグループと他に家族連れと多くの人が楽しんでいました。私たちは前方の鈴峯から黄金山方面に広がる美しい景色を見ながら弁当を食べました。自然の中で頂くと本当に美味しいものです。又ここでは右斜面からは太田川超しに祇園方面から毘沙門台の街並みが、左後方には火山、武田山の景観を目にすることができます。
時間60分 歩数5000歩
牛田山から神田山荘
なだらかな下り道を余裕を持って歩きます。今回は広島市内の眺望を堪能させて頂くとともに手造りの休憩所、たくさんの木の表札、巣箱などと人の優しさにふれた登山でした。

Friday, 3 March 2017

宗箇山(三滝山)(356m)

2017年2月26日
「9時に可部線のJR三瀧駅に集合」との指示に、さすが明日山会のメンバーさん、早目の列車や車で来られ、5分前には、皆さん全員ご到着。参加者は女性2人、男性7人のメンバーで、やる気満々です。
幸先の良いスタートでした。
 駅から歩いて5分、三滝寺の想親観音堂の横から出発。
三年前の豪雨で、この辺の谷間も大きく崩れた。砂防ダムなどの修繕が行われている。その被災現場を横目で見ながら、しばらく進む。
三滝寺の想親観音堂の前で



安佐南区祇園長束方面が見える
やがて急に視界が開け、長束の鞍部へ出る。その場所から、右に安佐南区の祇園長束が見える。この辺の方だろうか、同じ山登りのスタイルで、ご年配の夫婦連れの方に出会う。道を尋ねると、左の細い山道から入れば、宗箇山へ登る尾根筋に行けると、親切に教えていただく。教えられた道にそって宗箇山へ。
宗箇山の山道
 
 道のわきに古い木の切り株があり、白いキノコがはえていた。まだ、この季節は、目立った花らしきものはあまり見当たらない。しばらく行くと、ゴッツイ大きな二つの岩「双子の大岩」にたどり着く

双子の大岩、その名前のとおりよく似ている
二つの岩の合間から子茶臼山がぼんやりと見える。今日は、天気は晴れだが、遠くの景色は、霞に覆われて見えにくい。
急登で、背中のザックとお尻がゆれる!

 その先の山道は、傾斜がだんだんきつくなるが、やがて30分ばかり登り切ったところに、ひょっこりと宋箇山の平らな山頂の広場が目の前に現れ、到着。

宗箇山(356m)山頂着は10時半、皆さん余裕の表情でした。


 息を整えて、あたりを見回すと、頂上の宗箇山の看板のある広場に、宗箇松と呼ばれる、まだ若い松の木がある。この山と松の名前の由来は、江戸時代初期に活躍した上田宗箇が、ここへ松を植えたことにちなんで名付けられた。上田宗箇は武将でもあり、茶道の上田流の始祖でもあった。現在の松は四代目だそうだ。ここで記念写真をもう一枚パチリ。
頂上看板の横手に、四代目宗箇松の標識

  ここは見晴らしの良い場所で、広島市中心部の市街地がよく目る。林立するビルの谷間に、本川、平和公園の森、平和祈念館、原爆ドームが見えるかな?その近くには、子供科学博物館の白く光るドームなど、主な建物が良く見える。霞がなかったらもっと良い。天気が良ければ、ここへは何度でも登ってみたい。
平坦な尾根筋の道を進む
 宗箇山でしばらく休憩をとって、そこから約1.3km南の高峠山(237m)へ向かって、尾根筋をしばらく歩く。ところどころに竹藪や、両サイドの木々の林にかこまれた山道が続く。歩いて、大変気持ちが良く、豪華な山のプロムナードを行く感じです。


右へ高峠山、左へ三滝寺
高峠山は、三角点が私たちを出迎えてくれる。
高垰山の山頂の三角点を睨む

 今日のお昼の弁当タイムは、JR三滝駅近くの「むさし」で、おにぎりを食べる予定でしたが、日曜のせいで、お昼は家族連で満員。そのため、その場で解散し、一部のメンバーは横川方面に移動しての昼食でした。横川組はひよっとしたら一杯・・かな?

 この時期は、特に、市内の近くの山登りは、お薦め!。空気もきれいで、ひんやりした適度な気温、山は低いので、あまり大汗もかかず、天気に恵まれれば最高。
今日は、まさにその日でした。



Tuesday, 31 January 2017

宮島の弥山(535m)へ登り初め

1月22日 
2017年の初登山は恒例により正月の初詣を兼ねて、宮島弥山への登山です。
登る前に、先ず、厳島神社に参拝し、今年の安全登山とご利益を念じ、お賽銭を捧げる。


皆で、鳥居をバックに一枚。
厳島神社の境内を出て、大聖院寺へ。

鳥居をバックに

この、お寺は国内外に知れ渡り、なかなか由緒あるお寺だと聞いている。皇室や中国はチベットのラマ教とも縁があるとのこと。

今年の我々干支の吉凶を占い、サービスの薬草茶を頂く。寺の雰囲気は素晴らしい。

弥山への登山コースには、主なコースとして、三つのコースが案内されている。紅葉谷から出発する紅葉谷コース、水族館の近くの大元公園から出発する大元コース、そして、大聖院のお寺の門前から出発する大聖院コースがある。

厳島神社境内は、国内、国外の観光客や参拝客で賑わう



本日はこの大聖院コース。
途中、白滝神社を、お詣りしていく。
大きな岩の間から、一丈の滝が見える。近年、大雨による土石流で、周辺の岩肌が大きくむき出しており、スケールの大きい災害だったことがわかる。大きな岩の表面には斜めに紫がかった大きな縞模様が見え、まるで着物の柄のようだ。


右階段のうえに白滝神社の屋代
この谷間、土石流の跡が生々しかったが、大規模な修理がほどこされ、砂防ダムがしっかりと作られ、その脇を登山道が整備され、かなりのぼりやすい。


延々と登り階段が続く。見晴らしの良い東屋風の休憩所まで約30分、丁度良いところにある。

最初は寒さのせいで、ブクブクと着こんでいたメンバーも、上着を脱ぎだす。

ばらく進むと、道のところどころ、先日らいの雪の固まりがあり、滑りやすいところもあり、恐る恐る、滑らないように注意して進む。
弥山は海抜535m、だんだんと高度があがり、頂上に近くになるに従い、急登になる。着でも、汗をかく。海から直に登る計算。神社から大聖院まではなだらかな坂だが、最近は何人かは高度計持参、今どのくらいかは、すぐ計測できるが、

仁王門

高さを知ると、「頂上はまだか!」といった気分になるので、高度計を見るのは、ほどほどにする

。登山道わきには、頂上までの石柱の道標に、漢数字で〇〇丁と彫ってあり、麓からの距離計のかわりとなる。この石柱は丁石(正しくは町石、チョウイシとも読む)、一丁は百m余り、ちなみに弥山山頂は二十四丁なので、下から2.4km。平地を進むのと分けが違う。

 急登の坂を登り切ったら、山路が交錯した小さな広場に出る。案内板があり、左へは仁王門、御山神社、霊火堂、弥山へ、右へは、駒ヶ林、大元コースの下りへ、そして正面は奥の院に向かう、それぞれの山道を図した大きな案内板がある。

御山神社の境内

我々は、そこからすぐ左の階段を登り、仁王門へ到達、少し休んで、その先5分ぐらい登ると、霊火堂、弥山へ至る道から少しななめ右の分かれ道に赤い鳥居が見え、その道を進むと、右側に大竹市の海岸べリが見え、そのまま進むと、そこは御山神社。

境内の垣根から、瀬戸内海の島々が良く見える。お賽銭を挙げて無事息災を祈る。

そこから、神社の左の細い山道をちょっと登ると、弥山本堂と霊火堂のある広場へ出る。そこで、我々がお世話になった会社の珍しい方と遭遇。今年は、良いことがありそうだ。

霊火堂の右の階段を登り、本日の主目的の三鬼堂に到着。
三鬼さんに、今年一年の明日山会のメンバーの無事息災と安全登山の御祈祷をお願いする。ほら貝の大音量と共に、ありがたいお祓いを受け、お守り札、御神酒、菓子の入った袋を頂く。
弥山山頂の巨石群(展望台の正面向かいにある)


三鬼さんのお詣りをすませ、弥山山頂に進む、普賢堂、文殊堂、くぐり岩を過ぎ、岩の間から山頂へ登りきると、山頂に到達。

山頂には、最近、NHKのテレビ番組の「ブラタモリ」で、弥山山頂が紹介された、巨大な岩石が鎮座。花崗岩の節理によって、岩の割れ目ができ、今の形になったとか。

私も、海外の知人をそこへ案内したとき、誰がどうやって運んだのかという質問をされたことがある。

弥山展望台

山頂の展望台には、沢山の観光客と登山客。当日は風が強く、空気も冷たいのでよく冷えたので、滞在時間は短いようだ。
二階の板張の座で、風の無いところを探して、震えながら弁当のおにぎり食べる。
ダウンの防寒ジャケットを着こんだ。

ひどく寒かったが、下山で身体もすぐ温もり寒さも解消。弥山は、登りにはどちらかといえば寒い季節がよい。

正月、初めの行事である弥山登山を果たし、気分的には上々。今年の良き門出となった。













Friday, 23 December 2016

生口島 観音山〜 因島 白滝山

 今回は高木さんの寄稿です
2016年12月18日  参加者 11名(男性6名 女性5名)

 観音山(472.3m)は しまなみ海道の中央、温暖なミカン島である生口島の南端に

位置。山頂に水神を祭る火滝観音堂があり、「火滝山」と呼ばれ信仰されている。

(昔 狼煙をあげていたからという説もー) 


前日までの寒さがうそのように 快晴の冬晴れ・小春日和 絶好の登山日和となる。(これは晴れ女さんたちのおかげ?!)

8:00 車3台に分乗して出発 山陽道からしまなみ海道を経て 生口島北ICから南方面へー

全員初めての道で確認しながら 農免農道 伊豆里トンネルを抜け その下の駐車場(わかりにくい)に予定どうり10:00着 

車2台先着あり 観音山へ登った人達かと思いきや!(帰りにわかった 猟友会の人達だった)
 

軽自動車が通れるでこぼこ車道を15分 キウイ畑を右に見て 伊豆里峠(分岐標識)着

ベンチあり  南側 展望あり 瀬戸田の島 東 岩城島らしい

ここで GPSを付けた犬がウロウロ どうしたんかいやと思いきや!(帰りにわかった 猟友会の人の猟犬だった)
 
漢音山に残る紅葉
瀬戸内海の島山は、どの山も登りはキツイ!
ここから右に細い山道となり ところどころ残っている紅葉 すすきを眺めながら落ち葉の積もっ た道を登る

右手の草が生い茂った斜面は 以前ミカン畑だったのだろうとMさんの話

コンクリ丸太の階段が続く 小さい祠がある。

途中 暑くて上着を脱ぐ人続出

454mピークという高さの所 道を挟んで両側の幹に 700という白い数字のペイント(何のことやら)

そこから 雑木林の中 猪の掘り返しと落葉の道  途中大きな水溜りが二つ(イノシシの湯?)

四つのなだらかなアップダウンを繰り返し 

最後長い直登を登って観音山頂上(472.3m)11:30着

天気も良く 眺めも良く のどかーな山登りだ
山頂からの眺めもあるがその先に三角点 その先に鐘楼 東屋 火滝観音堂がある

ここからの眺めが良い 天気良く、 し まなみ瀬戸内の島々 遠く四国山脈 右に石槌山 左に剣山が見えて素晴らしい眺め
画面の中の → は四国山脈 右に石鎚山 左に剣山

ここで昼食 Nさんの近くに たぬき出没 うららか!
山の賑わいか 赤い実がたわわに

1月の予定など話し合い 25分遅れの12:40帰り出発 

伊豆里トンネル農道まで帰ったところ  その道を上から車4台 下りてきたうち 1台が大きなイノシシ(体長170〜180cm体重150kg?)を引っ張っている
猟友会の人達のイノシシ猟だった  内臓を抜いて血抜きもしてありきれいな体だった
誤射や流れ弾に巻き込まれなくてよかったと話す



 因島 白滝山(226.9m)

白滝山 日本の里 百選の景勝地
にほんの里 百選の景勝地 白滝山・五百羅漢

生口島から因島 南ICから北へ フラワーラインより白滝山八合目駐車場(2ヶ所あったという事で別々の駐車となった)
そこから山頂へ10〜20分  

6代村上水軍の村上吉充が観音堂を建立 
中腹から山頂にかけて1つ1つ違う700体の石仏があり五百羅漢と呼ばれ壮観
1830年頃 柏原伝六とその弟子たちによって造られたとの事
白滝さんの五百羅漢の石仏さんに 見守られて
子授け観音像 恋し岩 等伝説あり

のんびりと頂上へ 展望台からの眺め抜群 
360度の大パノラマ!

因島大橋 瀬戸内海に浮かぶ大小の島々 尾道三原方面まで 一望  最高!






「白滝の山に登れば 眼路広し 島あれば海 海あれば島」

  歌人吉井勇が詠んでいるそうです 



天気もよく、眺めも良く、山登りも快適だったようで、記念写真の顔が輝いていました。



Sunday, 13 November 2016

高岳・聖山

2016年11月6日
今月の執筆と写真提供は香口さんからです

今日は紅葉の高岳・聖山を歩くコース。まだ歩いた事のない山に向かうのは旅に出る心境で心もはずむ。

西中国山地国定公園 聖湖 

朝霧の中、五日市ICより高速道に入り戸河内ICで下り191号線を益田方面に走り、深入山を少し過ぎ左折し樽床ダムPに向う。

聖湖畔の紅葉風景

駐車場からすぐの分岐で聖山登山道を横目に直進し、高岳登山口に向う。赤い色は無いがミズナラ等の紅葉が気持良い。登山口近くの橋から赤い漆の木か赤い紅葉もあったのでハパチリ。

紅葉が鮮やかです!

ミズナラの林を歩いていると根元にアンプルみたいなのが沢山刺してあり何かと思えばナラ枯れ防止のための処置とのこと。昔は薪として切っていたので常に新しいナラが育っていてこんな病気聞いたことがなかったのに・・。

高岳の山道

下の方は植林された林、その次がナラ林、上の方はブナ林と結構はっきりと植生が変る。しかし登りばかりで楽しむ余裕あまりなし。

高岳山頂(1054m)にて

高岳の頂上からは東に裾野を広げた臥龍山、独立峰で双耳峰の深入山、南には聖山がありその奥に恐羅漢山・十方山がどっしりと構え右に見えるのは島根県の岩倉山だろう。

聖湖と彼方の山々を眺める
聖山後ろに少し頭を見せているのは砥石郷山だろうか。

砥石郷山?
北の遠くには島根の山だろう風力発電の風車が立っている。

風力発電が2基見える

生憎の曇り空で紅葉が黒っぽく見えるが時たま陽射しが当るとブナ・ナラの広葉樹の黄色が綺麗だ。

聖湖越しの臥龍・深入山の眺めは箱庭のようで最高。
臥龍山、深入山の眺望
中本氏は女性も居るので高岳往復を考えていたようだが、聖山から来た女性のパーティの人が景色はあまり見えないが尾根道は気持ち良いですよとの言葉に女性も行って見ようとのことになり、冷たい風の中昼食を取り聖山へと向う。

聖山へは尾根道のアップダウンを繰り返すが、休んでは登る感じで私的には楽だったが、人によってはせっかく登ったのに又下りて気持ち的にしんどかったとの声もある。振り返れば高岳が遠くに見える。聖山の頂上からは回りの景色楽しめず。
7人の健脚パーティー、聖山(1113.2m)山頂にて

バイクの団体が紅葉の山道に現れ、びっくり・・
聖山から下山し十文字峠からミズナラの紅葉が美しい未舗装の中の甲林道をわいわいと歩いていたら突如バイクの音、何かと思っていたらモトクロスバイクの20人くらいの団体がどんどんやって来てびっくり。しかし私達の所ではスピードも落とし挨拶して通り過ぎる礼儀正しい楽しそうな一行だった。

山道には、秋の漂い
出発点近くに銅像があり何かと見ると、明治期貧しい村を何とかしようと立ち上がり、70町歩余の山林を基本財産とし村民を社員とする社団法人西樽床報徳社を作り、皆で道を整備・修理したり学校や共同作業所の施設を整えたりし、戦後の食料難で自給をする必要を感じ10町歩の田畑を開墾していたが道半ばで樽床ダムを作る話が持ち上がり、反対するも国策にはかなわず全て転居することになったそうだ。

後藤吾妻氏の銅像

この銅像は発起人の後藤吾妻氏の像で、そこで社員として働いた社員とそこに住んでいた人達が居た証としてその像の下に名前を刻んで後世に伝える検証碑だった。美しい光景の中にこんな話しがあったなんて知らなかったなー。

コム8:00出発、高岳(1054.3m)11:10、聖山(1113.2m)13:30、コム16:30到着で今回も計画書通りの山歩きとなる。次回は井口島の観音山、楽しみですねぇー。